大判例

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東京高等裁判所 平成8年(ネ)4715号 判決

控訴人

ユタカ合資会社

右代表者無限責任社員

菊本好一

右訴訟代理人弁護士

宍戸金二郎

被控訴人

さくら抵当証券株式会社

右代表者代表取締役

木村武夫

右訴訟代理人弁護士

今井和男

市川尚

沖隆一

正田賢司

森原憲司

吉澤敏行

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一  控訴の趣旨

一  原判決を取り消す。

二  控訴人と被控訴人との間において、控訴人が原判決別紙一(供託金目録)記載の各供託金につきそれぞれ還付請求権を有することを確認する。

三  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

第二  事案の概要

次のように付加、訂正するほかは、原判決の事実及び理由の「第二 事案の概要」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決二枚目表五行目の「以下」の前に「(抵当権設定当時)と表示されているもの。」を、同裏三行目の「という」の次に「。」を加え、同五行目の「以降同月五日まで」を「又は同月五日」に改め、同八行目の「他方」から同九行目までを次のように改める。

「被控訴人(当時の商号は三銀モーゲージサービス株式会社)は、昭和五八年一二月一四日、秋本インターナショナル(当時の商号は株式会社秋本商店)に対し、三億九〇〇〇万円を、最終弁済期昭和八八年一一月二〇日と定めて貸し渡し、昭和五八年一二月一四日同社との間で、右貸金債権を担保するため、同社所有の本件建物につき抵当権を設定する旨の契約を締結し、東京法務局同日受付第三九〇四九号の抵当権設定登記手続をした。

(乙二、五)」

二  同一〇行目の「された」を「被控訴人は、」に、同行目の「抵当権」を「右抵当権」に改める。

第三  当裁判所の判断

一  本件債権譲渡と本件物上代位の対抗要件について

1  不動産の賃貸人は、未発生の賃料債権を譲渡することが可能であり、譲受人は、譲渡人(債権者)である賃貸人が債務者である賃借人に対し確定日付のある証書をもって通知し又は賃借人が確定日付のある証書をもって承諾することによって、未発生の賃料債権の譲渡につき第三者に対する対抗要件を具備することができるのであり、その債権の発生時又はその後に改めて対抗要件を具備する必要はない。

未発生の賃料債権が譲渡された場合の対抗要件の効力は、賃貸人の確定日付のある証書をもってする通知が賃借人に到達した時又は確定日付のある証書をもってした賃借人の承諾の時に発生するものと解するのが相当であり、そのように考えても格別の不都合はない。対抗要件の効力が未発生の賃料債権の発生時に生ずるとの見解は、未発生の賃料債権が二重に譲渡されていずれも対抗要件を具備した場合に、その優劣を決し難いこととなる点から相当とは解されない。

2  抵当権の目的不動産が賃貸された場合においては、抵当権者は、民法三七二条、三〇四条の規定の趣旨に従い、目的不動産の賃借人に対する賃料債権に対し物上代位により抵当権を行使することができるものと解される(最高裁平成元年一〇月二七日第二小法廷判決・民集四三巻九号一〇七〇頁参照)。

同法三七二条、三〇四条一項ただし書において、抵当権者が物上代位権を行使するためには金銭その他の物の払渡し又は引渡し前に差押えをしなけれがならないものと規定されている趣旨は、抵当権者のする右差押えによって、第三債務者が金銭その他の物を債務者に払い渡し又は引き渡すことが禁止され、また、債務者が第三債務者から債権を取り立て又はこれを第三者に譲渡することを禁止される結果、物上代位の目的となる債権(以下「目的債権」という。)の特定性が維持され、これにより物上代位権の効力を保全するとともに、他面、第三債務者が二重払をすることやその他第三者が不測の損害を被ることを防止しようとするにあるから(最高裁昭和五九年二月二日第一小法廷判決・民集三八巻三号四三一頁、最高裁昭和六〇年七月一九日第二小法廷判決・民集三九巻五号一三二六頁参照)、右差押えは、物上代位権の効力を保全するためのものであって、第三者に対する関係で、実体法上の対抗要件としての意味を有するものではないと解するのが相当である。

そして、目的不動産の賃料債権に対する抵当権者の物上代位権は、抵当権の一内容であるから、抵当権設定登記により、公示され、かつ、第三者に対する対抗要件を具備するものというべきである。

3 そうだとすると、未発生の賃料債権について、その譲受人の権利と右債権に対する抵当権者の物上代位権との優劣は、右債権の譲渡につき第三者に対する対抗要件を具備した時と抵当権設定登記を経た時との先後によって決すべきこととなる。

本件において、控訴人に対する本件債権譲渡につき本件通知により第三者に対する対抗要件を具備したのは、平成六年二月四日又は同月五日であり、被控訴人が抵当権設定登記を経由したのは、昭和五八年一二月一四日であるから、被控訴人の本件物上代位の権利が優先することは明らかである。

二  本件債権譲渡の「払渡し又は引渡し」該当性について

1  抵当権設定登記により第三者に対する対抗要件が具備されているにもかかわらず、その物上代位権の行使につき、更に民法三七二条、三〇四条一項ただし書が差押えを要求している趣旨は、右一の2のとおり、目的債権の特定性の維持と第三債務者の二重払等第三者の不測の損害の防止にあるから、右の払渡し又は引渡しは、厳格に解釈することを要すると考えられるのであり(そうでないと、右登記による対抗要件の具備が無意味になりかねない。)。したがって、弁済又はそれと同視できる処分等があった場合をいうものと解するのが相当である。

そのような観点からしても、目的債権につき他の債権者が差押えをし転付命令を受けてそれが確定したときは、民事執行法一六〇条の規定の趣旨に鑑み、右の弁済と同視できる処分等があったものとして、以後抵当権者が物上代位権を行使することはできないと解することができ(大審院大正一二年四月七日民事連合部判決・民集二巻五号二〇九頁参照)、また、目的債権の譲渡も、その債権が転付命令の対象となり得る債権であり、それにつき譲渡人が債務者に対し確定日付のある証書をもって通知し又は債務者が確定日付のある証書をもって承諾したときには、右の転付命令の場合に準じ、右の弁済と同視できる処分等があったものとすることは許されるであろう。抵当権者は、目的債権が転付命令の対象となり得るものである場合には、物上代位権の行使につき、転付命令や債権譲渡に先立って目的債権の差押えを必要とするが、そうであっても、目的債権が右の程度に具体化していれば、抵当権者にあながち無理を強いるものとはいえないと考える。

しかし、将来発生する債権等転付命令の対象とならない債権については、その譲渡がされ第三者に対する対抗要件が具備されても、右の弁済と同視できる処分等があったものとすることはできないと解するのが相当である。なぜなら、そのような債権については、その譲渡の時点では一般に債務者からの弁済はあり得ず、第三者の不測の損害もさほど考慮する必要はないし、他面、抵当権者に物上代位権の行使としての差押えを期待することは、困難でもあるし、また望ましくもないと考えられるからである。もっとも、前述の趣旨に鑑みれば、このような債権の譲渡であっても、それにつき債権者が債務者に対し確定日付のある証書をもって通知し又は債務者が確定日付のある証書をもって承諾しているときには、右債権が転付命令の対象となる程度に具体化された時点で、何らの行為も要せず右の弁済と同視できる処分等があったものとすることとして差し支えないものと解される。

本件で問題となっている未発生の賃料債権の譲渡は、その債権が転付命令の対象性を欠くものであるから(大審院大正一四年七月一〇日判決・民集四巻一二号六二九頁)、右の弁済と同視できる処分等があった場合に当たらず、民法三七二条、三〇四条一項ただし書の払渡し又は引渡しに当たらないというべきである。

2 抵当権者が、民法三七二条、三〇四条一項に基づき、物上代位権の行使として、目的不動産の賃借人に対する賃料債権を差し押さえた場合、継続的給付に係る債権に対する差押えとして、差押え後に発生する賃料債権に対しても差押えの効力が及ぶ(民事執行法一九三条二項、一五一条)。この場合、差押えの効力は、差押命令が第三債務者に送達された時に生じる(同法一九三条二項、一四五条四項)。

本件差押えは、平成七年四月一九日第三債務者らに送達されており、その効力は、同日生じ、それ以後に発生する本件賃料債権に及んでいる。そして、前述のとおり、本件債権譲渡は、未発生の賃料債権である本件賃料債権については、本件差押え前の段階では、民法三七二条、三〇四条一項ただし書の払渡し又は引渡しに当たるとみることはできないのである。

三  本件の供託金還付請求権の帰属について

以上によれば、被控訴人の抵当権に基づく本件物上代位の権利は、もともと控訴人の本件債権譲渡による譲受人としての権利に優先するものであり(右一)、本件債権譲渡は本件賃料に関しては払渡し又は引渡しに当たらないから(右二)、本件差押えによって、本件物上代位の権利の右効力は保全され、被控訴人は、抵当権の物上代位権を行使することができるのである。

そうすると、本件の供託金につき還付請求権を有するのは、被控訴人であって、控訴人ではないといわなくてはならない。

第四  結論

よって、原判決は相当であって、本件控訴は棄却を免れない。

(裁判長裁判官鈴木康之 裁判官丸山昌一 裁判官小磯武男)

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